「自由な労働」とは?
自由な労働とは何でしょうか。
それは果たして可能であるのでしょうか。
労働を自由なとみなす思想の潮流が念頭においていたのは、常に工業化以前の、いえもう少し厳密にいえば大量生産Tomcat的システム以前の労働の姿でした。
工程の精神的力能が人間の手にあった時代の労働の姿でした。
そのことの意味は決定的に重要です。
労働には常に二重の逆方向を向いた過程が重なっています。
ひとつは自己の対象化、マルクスが書いたように自らの労働を、能力を、労働という行為によって、対象の中へ、労働生産物の中へ、移しかえる過程です。
その時人は、労働の過程もその結果も含めて、「これはおれの仕事だ」という実感をもつのです。
もうひとつは、その労働の中で、対象との格闘をとおして人が、対象の性質、工程についてのさまざまな経験や知識を獲得し、仕事の能力として自らの中に蓄積してゆく過程です。
それは個人の感覚としては仕事の能力、客観的な工程との対比では、「工程の精神的力能」と呼ばれてしかるべきものです。